大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1058号 判決

控訴人(原告) 東京電力株式会社

被控訴人(被告) 群馬県知事

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

片品村農地委員会が別紙原判決添附第一目録記載の土地を目的として昭和二十四年九月二十三日樹立した牧野買収計画につき、群馬県農地委員会が同年十一月二十九日附関東配電株式会社に対してなした訴願裁決中、別紙目録記載の土地に関する部分を取り消す。

被控訴人群馬県知事が別紙原判決添附第二目録記載の土地を目的として昭和二十五年二月十日関東配電株式会社に対し買収令書を交付してなした買収処分中、別紙目録記載の土地に関する部分を取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、次のように補充した外、原判決の事実摘示と同一であるので、ここにこれを引用する。

第一、控訴人の主張

一、本件地区は、森林法に依拠し、森林の保続、造林生産力の増進等国家目的に協力するため、同法の定めに従い、主務庁たる被控訴人群馬県知事の認可の下に、これを含む他の土地と結合して一団地となし、前示目的を完遂するための施業区域と定め、現に順次施業を実施しつつあるもので、自作農創設特別措置法(以下自創法という。)の対象となすことを得ない本質的な性格を有する土地である。すなわち、(イ)、控訴人所有の山林は、自然的環境下に本件地区を含めて一万八千余町歩が一体となり、通称戸倉山林といい、従来控訴人は、所有者として極めて簡易な方針の下に管理していたが、漸次森林経営の重要性に鑑み、その公共性に協力し、これに多大の経費と時間を費し、同山林運営の基本計画を樹立し、昭和十六年一月七日森林法所定の施業案を編成し、次いで主務庁に同案の認可申請をなし、同十七年三月十九日認可となつて現在に至つたのであつて、全地域を結合し一施業地区として形成されている。

右施業案を編成するに至つた事情は、この地域が片品川、只見川の水源をなし治水上重要な地位にあるため、この役目を果すとともに、造林生産の増進を通じ国家作用に寄与するためである。(ロ)、施業計画によれば、この地域は、地質及び土壤の関係上、造林方法において、不毛地と天然下種による地区と人工植林による地区とに分れている。本件地区は、人工植林地として施業並びに経済計算の下に編成された分野に属し、いずれも道路沿線に位する施業案完遂上最優位の場所として本案の完遂を左右する地位を占めている。しかも本地区は、択伐によることを定められているため、一を伐採すれば一を植林する方法をとつており、奥地との関連から土場、貯木場、素材搬出道路用地、作業者の出入路等を要するが、地勢上他の地区又は奥地にこれを求めることは不可能に属し、本件地区は、代替しえない場所を占めている。他面施業案の経済計算からは、本件地区の人工植林による経済的優位性と奥地並びに不毛地の経済的劣位とを均分して施業の成立維持を企画の内容としているから、この地域なしには施業案の完遂は到底覚束かない。(ハ)、本件地区の草生は、大部分茅で、他に僅少のあざみ、はぎ、山麻等の雑草が存し、いずれも控訴人が部落民に苅取方を承認していた。そしてその大半は農家の屋根葺用、炭俵、漁村ののり、小魚の乾燥用のすだれの材料として使用され、自創法の目的とする家畜飼料、肥料等として使用されている部分は極めて少量の現状である。また飼料については、控訴人においても施業案実施のため馬匹の使用を増加しているので、これに多量を使用している。

(ニ)、本件地区の経済計算からみれば、本件処分により施業案実施のできないため直接同地区から被る損害並びに本件地区と密接不可分の奥地開発が困難となることは勿論、施業案の根本的編成替を要し、その損害額を想定するときは測り知れない莫大なものとなる。従つて本件地区は、施業案維持上から、治水上から、経済計算上から、最も重要な地域である。

二、(イ) かように本施業案は、その目的とするところは森林保続造林生産等、もつぱら公共の福祉と安全との国家目的を果すことによつて、単に造林を主目的とするばかりでなく、生産保続の重要性もこれと同列におかれており、この認可された施業案は単なる山林経営のためのものとは異り、地域一帯を包摂一丸とした造林保護助成行政の一翼を荷う森林施業の公共性に鑑み、これに一の団体的結合的性格を与えられたものであつて、国家との関係においては公共上の特別権力関係と同等視され、施業完遂の義務とともに施業案地域が一つの団地としてこれに伴う保護を受くべきことは必然の理である。

(ロ) さればこそ、自創法は第二条第一項において、「牧野とは、家畜の放牧又は採草の目的に供される土地(農地並びに植林の目的その他家畜の放牧及び採草以外の目的に主として供される土地を除く。)をいふ。」と規定し、この適用を受くべき土地並びに除外されるべき範囲を明確に区別している。これに従えば、本件地区は、当然自創法により除外せらるべきことは誠に明白である。しかのみならず同法は、その範囲の解釈について極めて縮少的解釈の立場に立つて取り扱われていることは、数次に亘る主務庁の通牒により明らかで、草生の茅及び茅の用途が屋根葺用、燃料用、海岸防風用、炭俵用等であつて飼料以外の用途に供されている場合には、自創法にいう牧野でない旨の通牒並びに新農地法、同法施行法はこの点に関する解釈を明文化し、その範囲について極めて狭く解釈し、主たる目的が「採草牧野にあるか。」「林木の育成にあるか。」に解釈の基準をおいている。従つて本件地区は施業案上自創法の適用を受くべきものでないのみならず、仮りに適用を受けるとしても、同法第二条第一項の牧野ではない。

三、しかして、施業案上人工植林地区に属する本件地区は、昭和十七年三月十九日以降同案に従つて実行すべき役務の履行をなし得ず、自創法公布実施当時までそのままの状態を続けて来た事情は、次のとおりである。すなわち、本件地区の地質、地形、気候、経緯等から本件地区の造林は「からまつ」を最適の樹種とするため、これによるべきところ、当時恰も戦時状態で、苗木、人手など不足し、施業案の実行に至大至高の努力と方法とをもつてしてもこれを賄うことができなかつたのであつて、造林の育成不全は全く施業外の出来事に基因する一時的現象で、本件地区を昭和二十一年中小団地開墾をなしたのは、当時群馬県よりの緊急食糧増産計画の要請に従つたまでで、施業案実施の遅怠は控訴人の責に帰すべき事由ではない。従つて終戦後右悪条件の漸次回復とともに造林をなしつつある現状である。

四、本件地区附近一帯は、控訴人の戸倉発電所建設計画用地として計画されている。本件地区附近は、群馬県片品村の上流部に位し、利根用水系片品川における有力な未開発電源であつて、最近における電源開発の要請に応じ、控訴人は、本件地区を含めて電源開発五ケ年計画を樹立実施中であるが、本件地区附近一帯は戸倉発電所建設用地に組成されており、その着工予定は昭和二十九年度である。従つて本件地区なくしては戸倉発電所建設の実施が著しく困難となる。

五、本件地区は、地元民の営農上その必要度は現在消滅している。

地元各地区では、放牧地一〇九町一反六畝一八歩、採草地七二九町六畝二二歩、合計八三九町一反三畝一〇歩の国有林の所属替をうけ、現にこれを利用しているので、牧草の採取には何ら支障はない。従つて地元民はこの環境において控訴人の施業案実施に協力し、本件地区の買収計画の積極的放棄の調停に努力した事実がある。

六、被控訴人の訴訟手続受継の申立には異議なく、その事実関係は認める。

第二、被控訴人の主張

一、控訴人主張の前記一ないし三については、これを争う、すなわち(イ)、森林法における施業案制度の骨子は、控訴人のような五十町歩以上の森林所有者は、その所有森林については、地況、林況の実際に基き森林生産の保続を図るを本旨として法定の手続、内容により単独施業案を編成し、知事の認可を受けて施業すべきであり、これに準拠しない場合、知事は適切な監督権を発動して、民有林の保続、荒廃の防止、森林経営の合理化を図るのであつて、控訴人が森林法の改正とともに施業案編成事業に着手し昭和十七年認可されたことは認めるが、施業案があるだけでは現況が林地であるとはいえない。施業案はその土地を林木育成の目的に供する意思のあることを現わしてはいるが、施業期の終期近くまで該案に基く森林としての行き方も認められず、現状林叢をなしていないものまで、なお林地としてみることはできない。かようなものはすみやかに別の国家目的に供すべきで、被控訴人は、戦後最大施策の一つである農地改革の基本法たる自創法の目的に立脚し、牧野の定義及びその運用に関する各種通牒に照らし、検討の結果、本件地区はこれを牧野と認定したもので、処分後の昭和二十五年九月十四日附二五農地二、二八〇号農林省農地局長、畜産局長、林野庁長官連名の通牒に照らしても牧野と認定したことは相当で、本件買収処分には何ら違法はない。(ロ)、本件買収計画は道路の沿線のすべての地域に及んだものでなく、控訴人所有の広大なる山林の地区内に点在する一部の土地にすぎないから、奥地林開発に多少の支障があつても、このため施業の実施が不可能となり、全面的に施業案の改訂を要するとは認められない。貯木場素材搬出用道路用地等施業実施に当り必要なものは今後利用者との話合で解決せらるべき問題である。殊に控訴人は、昭和二十一、二年頃本件地区内五十町歩の開墾を計画実施したが、かかる計画は当然施業案の改訂を伴うもので、この場合に限り特に施業上支障がなかつたとは認められない。(ハ)、地元民は古来茅をもつて家畜の飼料堆肥の唯一給源としており、農家の屋根葺用炭俵等に使用するものは茅刈場で採取し、目的によりその場所を区別している。控訴人は、施業案実施のため馬匹の使用を増加し、これに多量を使用していると主張するが、本件買収計画樹立当時その事実なく、これをもつて自作牧野ということはできない。(ニ)、確かに戦前戦後の情勢は施業案実施を困難ならしめた点もあると考えられるが、現行森林法改正の一因となつた施業案の内容が一般的に形式的劃一的で弾力性に欠け、社会情勢の変化に即応しない傾向があり、その実施についても極めて関心の浅さかつたという批判は控訴人といえどもその例外をなすものではない。すなわち、甲第十一号証の一戸倉山林施業案説明書七四頁法律関係事項に、「本森林ハ森林法及国立公園法ノ適用ヲ受クルモノニ付、同法ノ定ムルトコロヲ遵守スヘキハ言ヲ俟タサルモ差当リ施業案ノ認可ヲ受ケ置クハ事業上其他ノ便宜多キヲ以テ至急其ノ手続ヲ要ス。」として、認可申請につき安易の考方をもつていたと認められる点、及び旧森林法施行規則第二十三条所定の施業結果年次報告の提出も完全でなかつたことからも推測されるのであつて、施業案実施の遅怠がすべて不可抗力によるものとは考えられない。

二、控訴人主張の前記四の事実は不知、仮りに戸倉発電所建設計画があるならば、工事の性質上相当以前に計画されたものというべく、訴願申立の際にも、また第一審においても主張せず、第二審においてなしたこの主張は明らかに控訴人の重大な過失による時機に後れたものであつて、却下を求む。また時機に後れた主張でないとしても、全係争地がことごとく建設用地なるものとは考えられないし、漠然と一部の計画地を含むからといつて他の関係以外の部分の買収を不当とする理由にはならない。

三、片品村における国有林野内牧野八三九町歩余を昭和二十七年三月三十一日附で所属替し、地元民に売り渡した事実はこれを認めるが、この所属替により地元民の本件地区に対する営農上の必要度は消滅し、地元民が本件買収計画の積極的放棄の調停に努力したとの点は、これを否認する。前記所属替面積はすべて、本件地区を利用している越本、土出、戸倉の三部落に売り渡されたものでなく、これら部落民の営農上本件地区の必要なことについては、いささかも変化はない。かかる実情であるのに右放棄の調停に努力する事実などある筈がなく、若し仮りにあつたとしても、これがため本件買収計画が取り消されるものではない。

四、牧野調査規則は訓示的規定であり、牧野台帳の作成は牧野買収の円滑な進捗を期するための参考資料たるにすぎず、牧野買収につき絶対的に必要なものでない。

五、被控訴人群馬県知事は、昭和二十九年法律第一八五号農業委員会等に関する法律附則第二十六項の規定により、群馬県農業会議の成立した同年八月三十一日、被控訴人群馬県農業委員会の本件訴訟手続を受継した。

(立証省略)

理由

関東配電株式会社は、電気の供給を主たる目的とする事業者で、昭和二十六年五月一日電気事業再編成令第三条第一号の規定に基き解散し、同時に控訴人会社が設立せられ、関東配電株式会社の権利義務及び法律上の地位を包括的に承継したこと。群馬県農業委員会が農業委員会法(昭和二十六年法律第八八号)の施行により群馬県農地委員会の地位を承継し、さらに被控訴人群馬県知事が農業委員会等に関する法律(昭和二十九年法律第一八五号)附則第二十六項の規定に基き群馬県農業会議の成立した同年八月三十一日群馬県農業委員会の本件訴訟手続を受継したこと、及び昭和二十四年九月二十三日群馬県利根郡片品村農地委員会が関東配電株式会社所有の別紙目録記載の土地(以下本件土地又は本地区と略称する。)を含む別紙原判決添附第一目録記載の土地について牧野買収計画を樹立したが、その内本件土地については自創法第四十条の二第四項第四号の規定に基くものであること、並びに該買収計画に対する異議の申立、異議却下の決定、訴願とこれに対する裁決、買収令書の交付による買収処分についての控訴人主張事実は、いずれも当事者間に争ないところである。

控訴人は、右裁決並びに買収処分中、本件土地に関する部分もまた違法であるとし、その理由として事実摘示のように各般に亘る事由を主張し、被控訴人は、これを争うをもつて審按するに、その主要な争点は、本件土地が自創法にいわゆる牧野に該当するかどうか、また自作農の創設上これを買収するを相当とするかどうかにあるものといわなければならない。

しかして、自創法第二条第一項は、「牧野とは、家畜の放牧又は採草の目的に供される土地(農地並びに植林の目的その他家畜の放牧及び採草以外の目的に主として供される土地を除く。)をいふ。」と規定しているが、そもそも今次の農地改革は、自創法第一条に規定する如く、従来のいわゆる「封建的」な地主中心の農村組織を改革して農村の民主化を図るため、急速且つ広汎に自作農を創設し、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受させるにあつて、自作農が農業生産に必要とする家畜の放牧地ないし採草地を牧野として解放することは、この目的にそう必然の措置ではあるが、あくまで自作農の創設、維持ということと牽連せしめて考えるべきであつて、土地の現況が家畜の放牧又は採草に適するものといえども、植林の目的、その他家畜の放牧及び採草以外の目的に主として供され、又は供与されるを適当とするものはこれを牧野として買収すべきでなく、また「耕作又は養畜を主たる業務としない法人その他の団体の所有する牧野」であつても、これを買収することが自作農の創設維持の上にあまり役立たず、これを買収しなくても自作農の農業生産上に格別の支障がないのに反し、これを買収されるときは当該団体の業務運営上に多大の支障を生ずるときはこれを買収するを相当としないと認めるを相当とすべく、成立に争なき甲第八号証の一ないし三の農林次官通牒、同号証の四の農林省農政局長、畜産局長、林野局長官の共同通牒、成立に争なき甲第十四号証の一、二の農地局長、畜産局長、林野庁長官の共同通牒は、いずれも右の見解に沿うものと考えられ、自創法第四十条の三に牧野買収につき制限を設けた所以もここにあるというべきである。

従つて、牧野の買収に当つては、植林すなわち林木の育成という林業方面から観察し、林業崩壊の端緒をつくるが如き虞のある買収は努めてこれを避くべきであるとした当局の意向は、前示通牒に照しこれを看取するにかたくないのであるが、前示の如く「家畜の放牧及び採草以外の目的に主として供せられる土地を除く。」と規定されている点よりして、ひとり林業ばかりでなく、その他の産業はもとより、観光、教育、治山治水等あらゆる方面から観察し、また自作農と土地所有者の双方に存する利害を比較検討して慎重に計画を樹立すべく、自作農創設維持を企図するあまり、いやしくも行き過ぎのなきよう留意しなければならないのである。

以上の見地に立つて、本地区を検討するに、成立に争ない甲第七号証、第十二号証の一、二、第十三号証、第十五ないし十八号証、原本の存在及びその成立に争ない甲第十一号証の一ないし八、当審証人玉木滝哉の証言によりその成立を認めうべき同号証の九、当裁判所の真正に成立したと認める甲第十九号証、現場の写真であること争ない乙第四号証、原審証人中川久美雄、高橋匡、岡沢信武、橋爪兼吉、遠藤吉之助、吉野新三郎、中村賢太郎、当審証人玉木滝哉、吉野律治郎、岡沢信武、遠藤吉之助の証言、原審鑑定人中村賢太郎、当審鑑定人吉田正男の鑑定の結果、原審並びに当審検証の結果をそう合すれば、本地区については次の事実を認定することができる。

すなわち、本地区は、群馬県利根郡片品村に所在する土地台帳面積一八、三二九町四反四畝二四歩、実測面積一五、九七五ヘクタール余の広さを有する通称戸倉山林の一部、北緯三六度四六分、東経一三九度三分の地位にあり、同県沼田市字沼田の上越線沼田駅を距る東北約六十粁、東は栃木県に、西は群馬県利根郡水上町字藤原の国有林に、南は同町字東小川その他の国有林に境し、北は檜高山の中腹より尾瀬沼を南北に折半して沼尻川が県境をなして西に走り、只見川の源泉となり、東北は福島県に、西北は新潟県に接し、東部には県道沼田会津街道が片品川に沿つて山林内を貫通し、西北新潟県に近く秘境尾瀬ケ原の一大湿原に亘つて拡つており、船ケ原地区と称せられる本地区は沼田駅より福島県の檜枝岐村方面に通ずる沼田街道に沿い、利根郡の最奥部落である戸倉と大清水との間に点在し、片品川に近く或はこれに臨む標高約一二〇〇米より約一四〇〇米の間に存する。

しかして本件地区のうち、(一)山林五町五反六畝二歩(戸倉山林林相図二二林班への一)は、道路の北側と南側とにある草原で南側の地域は、殆んど平地で、かやその他の雑草が生い、その西部湿地には、はん、やなぎ、かえで、しな、えんじゆが生立し、下草としてあしが生えている。また北側は、南方へ緩傾斜をなし、道路に併行してからまつが植えられ、なお西南隅にからまつが植林せられている外はかやその他の雑草が生茂つている。(二)山林七町九反九畝十四歩(前林相図二二班への二)は、南方において一部道路に接し、それより北方へ細長く入り込み、奥において広く展開する地形で、ほぼ南に緩く傾斜する草原である。生草は、かや、あざみ、ふき、いたどり、はぎ等の雑草である。(三)山林二十一町七反九畝八歩(前林相図二一班ろ、は)は、道路の北側に接し、山裾に東西に長く展開する大きな草原である。そのほぼ中央を北より南へ下りる曲り沢を境としてその東部は、道の上が段丘をなし、それより漸次北方に高くなつていく一団地で、かや、あざみ、しだ、はぎ、ふきその他の雑草がよく茂り、殊にその西部は、かやが人の背丈に及ぶほど成長している。沢の西部は、段丘をなさず、道の上より若干の起伏をもつて漸次北方に高くなる傾斜地で、生草は、沢の東部におけると同様よく茂り、曲り沢附近のかやは特によい成育ぶりで、立木は沢の東部にも西部にもあるが、大部分は、周辺近く在するなら、どろやなぎその他の雑木であつて、その数も多くはない。(四)山林三町八反八畝二十二歩(前林相図二一班ほ)は、道路をはさんでその両側にあり、山裾に展けた草原である。道下の部分と道上の道に沿う部分はほとんど平坦で、それより北は漸次斜面が高くなり、北隅及び西方部分に、ならの小林があり、外に、はん、ひのきが僅か生立しているが、全体に、かや、はぎ、あざみその他の雑草がよく茂つている。(五)山林十三町一反八畝一歩(前林相図一九班ろ)は、大清水部落の西方山裾に展けた草原で、中に若干の小起伏と平坦部分が存するも、概ね南及び東に向つて緩傾斜し、かや、しだ、あざみ、はぎ、やまあさ等の生草がよく茂つて、その間ところどころに、なら、はんの木等が生立し、なお一本の樹齢五百年と推定されるしようじ(やちだも)の大木が生立している。以上本地区の全体に亘つて植林すなわち森林、施業がほとんど全く実行されなかつた。しかしながら、

一、本地区は、前記実測面積一五、九七五ヘクタール余の広さを有する戸倉山林一部であつて、総面積僅か五二町四反一畝一七歩にすぎないけれども、右山林の中を流れる片品川の谷間で沼田街道に沿うて五ケ所に点在し、同山林としては交通の利便最もよき緩傾斜又は平坦部であつて、林業開発をなすにおいては、苗圃地、伐木を集積すべき貯木場、土場、運搬施設、従業員詰所建設地その他附帯設備地として最適であり、現に山林三町八反八畝二十二歩(前林相図二一班ほ)の西寄りの辺は貯木場となつている。

二、関東配電株式会社は、昭和十六年一月七日森林法所定の施業案を編成し、同十七年三月十九日主務庁の認可を得て、戸倉山林の全地域を結合して一施業地区として片品川流域を一ないし二二林班、笠科川流域を二三ないし三八林班、只見川流域を三九ないし五四林班に分けて、実施することになつたが、当時あたかも戦時状態で、苗木、人手などに不足して造林の実行は意の如くならず、昭和二十一年中群馬県知事の要請により緊急食糧増産計画の一環を荷うため、(一)の山林五町五反六畝二歩の部分に開墾を施したが気候、土質等の関係上殆んど収穫の見るべきものなく、戦後は苗圃地とし或はからまつの植林をなし、(二)の山林七町九反九畝十四歩には昭和二十五年度より、からまつの植林計画を樹立し、(四)の山林三町八反八畝二十二歩は、木材搬出路であり、土場用地並びに植林の計画をなし、その他の本地区もまた植林の計画中である。

三、(イ)本地区は、右施業案の編成、実施に当つて、その地理的条件、地勢地質の関係、造林事情、経営経済上の関係等よりみて枢要な地位を占め、(ロ)その地理的条件から林業用地としては、本地区を失うことは、これに直接依存する後背地の施業を著しく困難不利ならしめ、右施業案全体に重大なる影響を及ぼし、(ハ)本地区を戸倉山林施業地区から除外するとせば、施業案の目的完遂は困難となり、将来の経済計算は不採算となる公算極めて大きく、戸倉山林の森林保護を困難ならしめ、造林生産力の増進を阻むのみならず、若しこれを採草地とした場合には、治山、治水、水力涵養上悪影響を及ぼす、(ニ)本地区が戸倉山林全地区から分離して採草地として点在することは、地理的条件からみて、森林計画の立案遂行上、又経営経済上にも不利を与えること。(以上当審鑑定人吉田正男の鑑定の結果による。)

四、(イ)右施業案から本地区を除外すれば、経済上の打撃が大であり、合理的林業の経営が困難になるとともに施業案の完遂を甚しく困難ならしめる。(ロ)本地区並びに附近の自然環境は林業地として運営するに適し、採草地とすることは土地を高度に利用するゆえんでなく、採草地その他の無林地は治水機能が有林地に劣ること。(以上原審鑑定人中村賢太郎の鑑定の結果による。)

五、本地区附近一帯は、控訴人の戸倉発電所建設計画用地として計画されており、片品川における有力な未開発電源であつて、控訴人は、本地区を含めて電源開発五ケ年計画を樹立実施中で、本地区附近は戸倉発電所建設用地に組成せられ、その着工予定は昭和二十九年度であつたが、本地区なくしては戸倉発電所実施が著しく困難となること。(この点に関し被控訴人は、控訴人の右主張事実は控訴人が明らかに重大なる過失により時機に後れて提出した攻撃方法であるから却下を求むと主張するところ、控訴人が訴願はもとより原審においても、主張することのなかつた右攻撃方法を当審において提出した点は時機に後れたとのそしりを免れないが、これがため訴訟の完結を遅延せしむべきものとは到底認められないので、被控訴人の却下請求は理由がない。)等の本地区を牧野として買収することの極めて不当なる点が認められるのである。

これに反して、原審並びに当審証人須藤幹一、萩原儀平の証言によれば、本地区は、片品村土出、越本、戸倉の三部落の住民が先祖から採草しており、昭和十七、八年頃から採草料を支払うようになり、それ以前は料金を払わず採草していたが、それについて控訴人側から苦情をいわれたことはなかつた。これらの地区の採草なしには、農家の経営は成立せず、部落民は農家として料金を出して採草するようでなく、自創法による買収によつて、永久に採草地として所有したい意向であることが認められ、当審鑑定人近藤康男の鑑定の結果は、本地区を採草地として買収するを相当とし、控訴人のために林木育成の林地として買収計画より除外することの非なる所以を経済的、社会的、農林産方面、さらに自作農創設の趣旨等より詳細に農家の実情を調査するなど各方面の資料をあげて説明しているから、これについて検討するを相当とする。

同鑑定の結果によれば、「船ケ原の買収地区(本地区)は昭和二十年に植栽された22へ林班の生育状況に徴しても、また自然的、立地的条件からしても、林業的にはからまつが最適の樹種であり、経営経済的にも合理的であることは疑なく、この地区は優良造林地であると同時に、幹線道路に沿う緩傾斜地であるため、苗圃、運搬施設、その他諸種の附帯設備をなすためにも好適であり、枢要な地位にあることは明らかで、この地区が採草地として買収されることは控訴人の施業案に影響するところなしとはいいえないが、控訴人としても買収に応じ、地元農家との円満な関係が確立されることは控訴人が戸倉山林を経営するに必要とする人夫その他を地元より求めることもでき、かつ有利である。」と論じているが、本地区の開放によつて地元民の必要とする厩肥の資料たる採草が充たされると結論されてはおらず、地元民の農業経営に必要な採草は本地区のみをもつては不足するのであつて、「地元民の多くは、山林に依存すること多く、林産物の採取、加工による収入を主とし、又は林産物や奥地(尾瀬沼観光地等)の需要する生活物資運搬の駄賃などを主要収入源とし、農業としては自給食糧をえるのを主要な目標とするような生活で冬の間稼ぎは、東電(控訴人会社)営林署等に雇われるのでなければ炭焼である。」と論じている。従つて被控訴人が控訴人の戸倉山林施業案の実施上枢要な本地区をその意図と企画(施業案の実施)に反して買収するが如きは、むしろ控訴人側と地元民との関係を疎隔し、将来紛争の因をつくる所以であつて、本地区を買収することによつて、地元民の農地経営を補充し得て十分であるならば、まだしも、なお不足を来すというにあつては、地元民全体の生活のためにも考慮すべき問題ではなかろうか。蓋し同鑑定の結果にも論じているように、「片品村では、限定採草地八〇〇町歩が最近において国有から公有に移管され(昭和二十七年放牧地一〇九町一反六畝一八歩、採草地七二九町六畝二二歩の国有林所属替を指す。)従来利用していた部落に利用権を与え、私有に近い採草地ができるようにしているが、この移管は事実上の農民の採草地を圧縮するものであつた。例えば伊閑町の「戸谷」の国有地に戦前設定された限定採草地は六〇町許りであつたが、戦争中の労力不足によつて鎌を入れられない部分を生じ、「ボタ山」になつてしまつたところは、今度の移管からは外され、移管になつたのは三四町歩である。(この三四町歩のなかには戦後の食糧増産で開墾され現在畑になつている部分も含んでいる。)このような圧縮がすべての移管の場合にあるとはいえないが、とにかく国有林自身の経営からみれば、然かくなり勝であることは理解できる。

それは農民からみれば、慣行又は事実に基く利用権の「圧縮された公認」である。移管された場所で採草する権利は確実になつたが、面積は減らされたのであつて、草を刈る場所は従来よりも悪くこそなれ、よくならない。戸谷の場合はその例である。戸谷の限定採草地の移管があつたことをもつて、伊閑町の農家は増加したから船ケ原共同採草地の買収は不要になつたということはできない。」「放牧採草限定地という制度は、馬産の奨励保護を目的としているが同時に農民の勝手気儘な放牧採草から官有林を守るための一線を画す制度である。それは慣行による利用権と所有権の間の調整の一つの方式ともいうことができる。すなわち特定した地区を限定して農民の放牧採草を認める代りに、それ以外の放牧なり、採草なりをさせないという制度である。だから農民からみればこれまで都合のいいところを勝手に鎌を入れていたが、狭い場所だけへ限定されてしまつたというのが実情である。」という結論が肯定されるならば、控訴人の場合といえども地元民との関係において右結論の例外をなすものではないであろう。いいかえれば本件買収処分により、地元民は、本地区からその所有者として採草することができても、本地区以外の戸倉山林内における採草、その他山林を利用しての生産活動が控訴人側によつて拒まれるならば、本件買収は却つて地元民の農業経営を困難ならしめ、その生活を危胎に瀕せしめるであろう。かくては地元民にとつて買収以上に由々しき問題であるというべきである。

しかるに控訴人提出援用にかかる前顕証拠(殊に原審証人橋爪兼吉、吉野新三郎、当審証人吉野律治郎の証言、原審検証の結果)によれば、地元民は、従来本地区のみならず戸倉山林内の生草の茂つた地域を控訴人より払下を受けて、これを採草し、牛馬の飼料、厩肥、又は屋根葺に使用して農業生産力を維持して何ら支障のなかつた事実が認められるのであつて、むしろかような小規模の買収計画を樹立するよりも、これを排して戸倉山林における控訴人の施業案を支障なく実施させ、地元民は、山林内に生立する雑草、雑木は、これを本地区のみならず山林内いたるところの採草適地より控訴人との話合の上払下を受けて農家の経営をなすとともに、その余力をもつて控訴人の施業に協力して労賃を得、或は灌木等の払下を受けて炭焼をなし、収入の途を開く等、農家経営として副収入を得ることが地元農民の生活を確保する所以であることを知るに至るであろう。

この事は決して封建的地主制度の温存を図るものでなく、当事者双方に存する利害得失を比較商量し、結局本地区の買収は控訴人に対し多大の犠牲を強うるばかりでなく、地元民にとつても格別利益となるものでないとなしたものであつて、牧野買収の目的よりして固より容認さるべきところというべく、右に反する当審鑑定人近藤康男の鑑定の結果は当裁判所の採用しないところである。

以上説示するとおりであつて、本地区は、これを牧野として買収するを相当としないのにかかわらず、本地区の現況が採草適地である点と控訴人の施業案の実施が遅々として進まず、殆んど見るべきものなき点のみを重視して本件買収手続を進めることは、まさにその裁量を誤つたものであつて、違法であるというべく、被控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも右の認定を左右するに足りない。

果して然らば、本地区に関し、片品村農地委員会の樹立した牧野買収計画は違法であつて、これを支持した群馬県農地委員会の本件訴願裁決並びにこれが実施としてなされた被控訴人の本件買収処分もまた違法であつて、右裁決並びに買収処分中本地区に関する部分の取消を求める控訴人の本訴請求は爾余の争点に関する判断をなすまでもなく、正当として認容すべく、これと所見を異にして右請求を失当として棄却した原判決中の控訴人敗訴部分は不当であつて、控訴人の控訴は理由があるので、民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 草間英一 猪俣幸一)

(目録省略)

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